運命学教室開講 4月生募集

断易教室

陰陽五行は鬼神の動き

その真髄に精通する「易」

変化を先取りし

未来を手に入れる法術

Places

東京都中央区日本橋馬喰町

1丁目12番2号 tak馬喰町ビル2F

「立命塾 易徳庵」

運命鑑定ラボ“虎落笛”

itokuan@gmail.com

四柱推命教室

究極の人間性を解読する「命理学」

 魂を支配する

鬼神の技を完全に読み解く

人間学


4月開講 運命学教室

 

断易講座
 『予知能力と同じ技術を授けます』
  “断易”ーその世に知られざる2つの理由

 占いブームも過去のものとなったいま、そのなかでもとみに「易」が忘れ去られつつある。

そこには様々な理由がありますが、今日、この議論や分析についてはふれません。
 この忘れされられつつある易の二大潮流に「周易」と「断易」があります。実はこの両者、互いに相手を攻撃し敵対的に対峙してきた歴史があります。表舞台に出て公に哲理として儒者から研究されてきた「周易」に対し、「断易」の技術は裏舞台におかれ、周易研究者から蔑まされ排斥されてきました。正真正銘の正統断易はこうした歪められた中でいわば「知る人ぞ知る」というような形で秘密裏に受け継がれ、何度も滅びながら不死鳥のように復活してきた術です。

 この「断易」を日本でひとつの形にしたのが九鬼盛隆氏です。晩年古神道の研究などをした九鬼氏はもともとキリスト教、仏教漢学を学び、当初周易こそ最高に位置する思想であると全霊で研究し、東京帝国大学の根本通明教授に師事、その後國學院大学の講師として教鞭を執ります。しかしトータル的に易断法を調べる中で過去の「名占」とされたもののうち、「春秋左伝」の中でも周易では断理の合わないものが多数ある壁にぶつかります。周易では断理を発見することがでなかったものについて試しにこれらのひとつひとつを「断易」で稽合してみると、ことごとくこの断易に寄って予知決定されていることに気づきます。この経験がきっかけになり「断易研究家」へと衣替えしたことを自署『断易精薀』で吐露しています。

 さらに続けて九鬼盛隆氏は以下のように結論づけます。断易に関する古書を研究していく中で驚いたことに、大半が「京房の妄説」に根基を置いていること、周易の混淆や雑種に属するものばかりで、理論の整っているのは明を建国した朱元璋の軍師、劉基(劉伯温)の書き記した『黄金策』に比すべきものはなく、他の書物を全て放棄、『黄金策千金賦』を土台に実占の精力を傾倒して、易占感通の妙道に至り、予測・前知できると断言しています。
 
 ここで整理します。未来予言としての機能を果たすという意味で極めて優れた技術である断易が誤解と無理解に晒されている理由、
 ① 儒学者、特に周易研究家から排斥され蔑まされてきた
 ② 表舞台に出ることなく、秘密裏に引き継がれ何度か滅びてきた。これを復元する過程で多くの妄説が出来上がり混迷してきた歴史がある
 
 「道徳」を本旨としその実践を促す周易を未来予言として占筮するには、縁が遠くなる。しかし陰陽五行の至美をもって有形の変化をメカニックにとらえること、これこそが融通無碍の森羅万象の理に通じ未来予知の目的を完全に達せられることになる。このように機能的・機関的に現実におこる現象を具体的に的確に把握する技術が断易です。「未来予知」ーその目的のために抜きん出た成果を出すのに比類なき技術、これが「断易」です。



“予知技術”の修得と発展のために
「自分の発見したことがどんなにささやかでも、すべてを忠実に公衆に伝え、すぐれた精神の持ち主がさらに先に進むように促すことだ」
ー“デカルト『方法序説』”

 量子力学などの研究成果により、「未来予知」については可能性が広がっている期待感が日に日にましています。ものを捉える観察者の意識が実験結果に作用することを自覚的に意識され始めてきた現代、ますます難しいものである同時に、反面、実に身近なものでもあることがわかってきました。予知能力とは、人間であれば全ての人が霊をもっているように、一種の特権的な立場の人たちだけにかぎられたものではなく、(人は皆、形而上にある「意識の世界」と異なるルールで成立している「現実の世界」と接触しているからこそ必要なものであり)ー葛藤が繰り広げられている現実の中で、吟味し「より善い」を求め、だれしもが何らかの推測を立てながら生きるーあらかじめ未来への知識を獲得し生活に役立てようと努力奮闘の日々を送っています。
 
 さて学問の世界や芸事の技術を求めるときにありがちな光景なのですが、閉鎖性ということがどうしても問題になってきます。その道の大御所と世に認められた大家が全ての権限をもち、会の存続についてだけでなく、判断や流儀についても権能を振るい、それ以外は不純物であり、先駆けた師匠のつくる世界とその道筋を肌で体感することを通してしか芸は磨かれていかない、むしろこうした伝統を守ることが必要なのだという不文律が存在する世界です。当然、自ずと閉鎖的な社会が形成されます。つまり研究成果の一切の決定権までを主宰が掌握し、知らずのうちに独断場となってしまう現象…況してや占いの業界ではそれが当たり前であり、それ以外はないと表現しても言い過ぎではない社会です。
 
 近代科学の原点となったデカルトは、実はこのことを体感し今日の自然科学の閉鎖性を警告しているかのようにあるべき実験のあり方について言及しています。ー「その際、各自がその性向と能力に従い、必要な実験に協力し、知り得たすべてを公衆に伝えるのである。先の者が到達した地点から後の者が始め、こうして多くの人の生涯と業績を合わせて、われわれ全体で、各人が別々になしうるよりもはるかに遠くまで進むことができるようにするのである。」
 学問に対する真摯な態度とは、こうした公開性という前提が必要であり、様々な議論を呼ぶものでなければならないことを明言しています。

 占いを通して予言するー上記のデカルトが奇しくも言及したような意味での学問として成り立ちうる土壌が出来上がっているのでしょうか。正直に申しあげて、少なくとも私の感覚と視点からみれば、「そのようではない」と否定せざるを得ません。実証性という検証の部分で、暗黙のうちに多くの意見や議論を受け入れる受容性にかけ、無意識的防衛本能ともいえる牙城が出来上がっていない環境を見たことがない…これが現実です。

 断易とは、現実の構造をいわば機械論的に分析していくことのできる、メカニックなシステムで未来を予言します。ときに未来だけでなく、過去のことを指し示すことも稀ではありませんが、それでも必ず因果関係で世界を捉えていく基本姿勢をもっており、だからこそ異なった結果が出てきた時には、後になってからその判断材料について理論的側面から検証でき、解読法を修正できる場合がほとんどです。つまり実践すればするほど、失敗を糧に技術が上がる。基礎となっている技術論が出来上がりさえすれば、実際に占ってみて、その結果を積み上げればあげるほど、精度が高まっていく。研鑽し修練することで自ら向上することが可能になる未来予言の技術であり、極めて再現性の高い、占いの中ではかなり近代科学寄りの性質が強い占術です。

 この断易の教室を本格的に始めます。

 内容としては
・総体論(総論+組織・機関)
・機関応用法(占断綱要+断法各論)
・実践鑑定論

ここまでを基礎ー中級編とし、
その後ケーススタディとして実践講座における研究会に参加していただきます。
すでに参加表明してくださっている方には、日取りが決定次第、個別にご連絡差し上げますのでもうしばらくお待ちください。
勘所となる点を明確にし、いち早くコツをつかめるよう丁寧に教授いたします。
初心者の方ももちろん大歓迎です。
どうぞ研究熱心な方や、たくさんの方のご参加をお待ちしております。

https://www.mogari.tokyo/

【断易教室】
1.基礎講座 断易のルールと構成論 月2回(第1・第3)×120分
a.基礎水曜コース (13:00~15:00)
b.基礎土曜コース (13:00~15:00)

2.断易実践鑑定講座 月1回×120分 第1日曜日 10:30~12:30

《月謝》
・断易基礎講座  1万五千円

四柱推命
・基礎コース     1万五千円
・中級奥義コース 2万円

・実践鑑定講座  1万円

[思考を鍛える哲学]勉強会(随時) 2時間
希望者5名以上集まった場合に開催します

・参加自由(1000円)

 

 


 

 矢吹太一龍



 

 

『“推命学”を学ぶ』ということ

 「ソクラテス以上の賢者は一人もいない」と神託が下されたディルフォイにあるアポロン神殿には『汝自身を知れ』という言葉が刻まれています。

 「人は、本当は知らないのに知っているつもりでいるのに対して、私は知っているとは、思わない。」ーこのわずかな違いのことであると知ったソクラテスは、彼自身が知恵を愛求するということ、すなわち”思慮と真理と魂に気を配ること”を求め『哲学の祖』という位置を確立します。

 ”知恵を愛求する”ー哲学という言葉の語源、この知恵とは何でしょうか。彼のいう知恵とはさしあたり「善美の知」と規定することができます。彼は「いかに生きるべきか」という問題を「何に価値を置くべきか」という観点から考え、金銭や名誉・名声ではなく「魂の善さ」に置きます。この魂の善さとは「徳」のことです。魂の不滅を信じ人間としての善・魂の成長を促す「知」〈これを彼は徳(アレテー)といった〉を追求することを説きました。

 この哲学の原点を伝統にした「善」の概念がキリスト教神学に受け継がれ、いちいち意識しないまでも、人は皆、「善は為すべく、追求すべきであり、悪は避けるべきである。」という原理に基づいて意識を発展させています。

 ここで使われている「善」という言葉を、
「道徳的善」
「快楽的善」
「有用的善」
の三種に分けて考えてみましょう。

「道徳的善」とは文字通り道徳的に善いものという意味です。困っている人を助けるのは善いことだという善いことがこれにあたるでしょう。他方、「このレストランは善い」という場合で語られることはシェフやウエイターが道徳的に善い人柄を有しているという意味では語られない。そうではなく雰囲気や味、サービスなど総合的にお客さまに喜びを与えるものという意味になります。これを「快楽的善」とします。また、「これは善いボールペンである」というときは、書きやすく、綺麗に文字が残るなど有用なものという意味で使われます。我々日常生活においてこうした分け方をあえてせず、直観的に知られているもの、これが「知性」の働きであり、「徳」を積むということになります。

 さてここからが「易徳庵」の出番です。東洋では「善いこと=徳」という考え方はもちろんあるわけですが、この言葉の実践と調和を重んじ「分析的」にみることをあまりしませんでした。ここ易徳庵の推命学はあえてこうした西洋哲学的手法を取り入れ「人」としての永遠不変の価値である「徳」の追求と同時に、「汝自身を知る」という、自分自身のありようと世界に対するあり方の「知恵」を明確に言語化するーことを主眼において自分自身を批判の目に晒しながら永遠不変の魂のありかを追求します。

たとえば、
・個別具体的に他者との間の差異として、何が自分自身の持ち味となっているのか?
・関係性の中でどのように生き抜くことを目指すべきなのか?
・その目的追求に足枷手枷となる人生の落とし穴とは何か?
・人それぞれが現実世界に生きる上で何をきっかけにして罠を仕掛けてくるのか?

私の人生とは気づいてみると
自然界をモデルにした筋書きが魂に書き込まれているーそのまま生きている
〜私たちが欲しているのは、自己の自由ではない、自己の宿命である。自己の宿命のうちにあるという自覚においてのみ初めて自由感を味わえる(「人間・この劇的なるもの』…福田恆存)』〜

これが運命であり、その運命をいとも簡単に読み解いてしまう学問が推命学です。


四柱推命教室

① 基礎実践コース 月2回×90分   隔週土曜日(午前)
② 中級奥義コース 月2回×120分   隔週土曜日(午後)

③ 実践鑑定講座    月1回×120分   日曜日


断易教室

A. 基礎講座 断易のルールと構成論 月2回×120分
     平日クラス/土曜クラス
    
B. 応用講座 断易実践論    月1回×120分 日曜日